イシダイ

「幻の魚イシダイ」、何度も聞いた言葉です。関西では「底物釣り」、関東では「大物釣り」と呼ばれ、磯釣りの最高の対象漁として君臨しているイシダイを、私が狙ったのは昭和42、43年の2年間でした。竹竿と太鼓リ−ル、やっとスピニングリ−ルが買えるようになった頃、イシダイ用の両軸受のリ−ルは羨望の的でした。アルバイトで貯めたお金でイシダイ竿と憧れのリ−ルを買った時は、もう嬉しくて、毎日磨いていました。1か月の生活費に相当した額だったと思います。
当時、私は松山で生活をし、「松山磯釣りクラブ」に所属していました(現在あるのでしょうか、このクラブは)。かの「アブセ」「ヤッカン」の名付け親であるN氏が会長を勤め、会員は全てイシダイ師というクラブでした。この会は独特のイシダイ竿を考案していました。新品の5.4m4本継ぎのイシダイ竿を穂先は捨てて、ソリッドに変え、残りの3本は全て中央で2つに切り、元から通し直して接着剤で固定します。いわるる、寸を詰めて5.4mの竿を4.2mにしてしまうのです。月の生活費にも等しい新品の竿を改造するのですから、勇気がいりました。
流れの速い城辺の磯(今は御荘とか、宇和海の磯と呼んでます)では足下を岩に沿わして釣らねばなりません。そのためにはタケノコのような竿でないと駄目なのです。アタリは敏感にとれるよう、ペラペラのソリッド。イシダイの強い引きに負けないがっしりした胴の竿が必要です。それで編み出された竿でした。関東では置き竿ですが、我々は敏感に反応できるよう、手持ちでした。エサも喰い込みの良いフジツボ。じっと磯際で手に持った竿の穂先を見つめる釣り方、その名も「城辺一刀流」。我々はそう呼んでいました。
「全関連」のバッジとワッペンを付け、城辺の磯を行脚したのがこの時でした。優越感に浸っていたのかも知れません。横では徳島の釣師が60cmのグレを面白いように釣っていました。丁度、城辺のグレブ−ムの真っ直中でした。そんな彼等を横目で見ながら、ただひたすらにイシダイを求めましたが、結局はゼロ匹に終わりました。フジツボを磯から掻き落とせば60cmのグレが水面まで沸き上がって来ていたのに、あ-あ、今にして思えば惜しかった。あの時釣っておけば良かったと悔やんでももう遅い。
で、最後にイシダイ釣りと決別するために九州は五島列島に釣行しました。福江島の玉之浦です。ここで釣れなければ二度とイシダイ釣りはしないとの決意でしたが、その通り、4日間滞在しゼロ匹でした。それで、イシダイ釣りは止めました。結局2年間でゼロ匹、珍しくない結果だそうです。私にとっては波乱に満ちた釣りでした。そんな思い出のあるイシダイです。
もとの上物釣りに戻り、すぐに40cmのイシダイを徳島県の木岐の磯で上物仕掛けで釣ったのも皮肉です。釣って良し(と言っても上物仕掛けで数匹しか釣っていませんが)、食べて良しと思います。イシダイは私にとって、やはり幻の魚なのです。(写真は徳島新聞社発行の「徳島の海釣り」より)
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